なぜ「ウェルネス」が重要なのか?|
海外市場で活かすウェルネスの考え方と成功事例

コロナ禍を経て、世界中で「健康」や「メンタルヘルス」への関心が急速に高まりました。
その流れは一過性のブームではなく、2025年以降も続くメガトレンド「ウェルネス(Wellness)」として、消費者の価値観や購買行動に大きな影響を与えています。
特に海外市場では、ウェルネスは生活の質を高めるための価値観として定着しつつあり、マーケティングにおいても無視できない重要テーマとなっています。
本記事では、2025年のウェルネストレンドをマーケター視点で整理し、海外マーケティングにどう取り入れるべきかを、具体的な施策ポイントと成功事例を交えて解説します。
目 次
ウェルネス(Wellness)とは何か?

ウェルネスとは、1961年にアメリカのハルバート・ダン博士が提唱した「輝くように生き生きとした状態を目指す概念」です。
コロナ・社会様式の変化をきっかけに、人々の関心は「健康、フィットネス、栄養、睡眠、マインドフルネス」といった分野に向かいました。近年では、単なる健康管理にとどまらず、
- 心身の健康
- 生活習慣
- 働き方
- 人とのつながり
といった「ライフスタイル全体を包括する考え方」として捉えられています。
ウェルネスは日常生活の一部として受け入れられ、消費者の意思決定やブランド選択・ロイヤリティ形成に直結する重要な要素の一つとなっています。
なぜ今、「ウェルネス」を理解すべきなのか
ウェルネスは「単なる健康ブーム」ではなく、消費者のライフスタイル全体に影響を与えるメガトレンドの一つです。あらゆる業界のマーケターにとって、ブランドの価値を高め、消費者とのエンゲージメントを強化するための重要な「テーマ」として捉えることが重要です。
1.ウェルネス市場は“巨大かつ成長中”
2023年時点でウェルネス市場は、IT やスポーツ、製薬市場よりも大きな規模にまで急成長しています。グローバル・ウェルネス協会(GWI)のレポートによると、ウェルネス市場は製薬業界の約4倍規模に拡大。
今後、世界中で進む高齢化や慢性疾患、精神疾患の増加などにより、2028年には 9 兆ドルに達すると予測されています。

2.消費者の価値観が「ウェルネス」にシフト!
ここ数年間で、消費者は身体的、精神的、感情的な健康を重視する傾向が強まっています。これは一過性のトレンドではなく、価値観そのものに変化が起こった結果だと言われています。
特にミレニアル世代・Z世代では、価格や機能以上に「自分の心身・価値観に合うか」が重視されています。
Mckinseyの調査「What is the future of wellness?」では、
- 米国:82%
- 中国:78%
- 英国:73%
人が「ウェルネスを最優先に考える」と回答。
また、米国医師会のレポートでは、アメリカ人のウェルネスへの年間支出額は 13,400ドルに達し、回答者の8割以上が「日々の生活でウェルネスを重視している」と述べています。
このようなトレンドの中、どの業界のマーケターであっても市場トレンドを調査し、ターゲット層のニーズに合ったマーケティング戦略を展開する必要があります。
ウェルネスは生活者の文脈で捉えるテーマ
心と身体、日常生活のバランスを見つけることの重要性が再認識され、ウェルネス市場は世界規模で急速に拡大しています。
重要なのは「ウェルネスが特定の業界に閉じたテーマではない」という点です。
ウェルネスとは、消費者の生活の中にある「状態」や「瞬間」と結びつく価値観であり、あらゆる業界が何らかの形で関与し得る概念です。
だからこそ、マーケターには、生活者のどんな状態や瞬間に関わるブランドなのかを見極める視点が求められます。
マーケターが定義すべき3つの視点
拡大するウェルネス市場を前に、マーケターにとって重要なのは「自社はどのウェルネス文脈で、どの価値を提供するブランドなのか」を明確に定義することです。
ウェルネスは単なる健康訴求ではありません。「どんな生活を支え、どんな状態を良しとするか」という価値観そのものです。
そのため、マーケティングにおいては
- どの課題に応えるのか(不安・疲労・ストレス・孤独 など)
- どの感情に寄り添うのか(安心・前向き・解放感・共感 など)
- どの瞬間の生活者と向き合うのか(朝・仕事中・移動中・夜・休日 など)
これらが曖昧なままでは、ウェルネスをテーマにした施策は、“それっぽい表現”で終わってしまいます。
ウェルネスを活かしたマーケティングとは、自社の強みを「生活者の文脈」に翻訳する作業と言い換えることもできます。
マーケティング施策に落とし込むための実践ステップ

拡大するウェルネス市場を前に、多くのブランドが「ウェルネス」を掲げた施策に取り組んでいます。しかし、成果を出しているブランドと、そうでないブランドの差は明確です。
その違いは、ウェルネスを“テーマ”として扱っているか、“設計思想”として落とし込めているかにあります。ここでは、前段落で整理した「課題・感情・生活者の瞬間」という視点を、実際のマーケティング施策へと転換するための考え方を整理します。
1.「誰にとってのウェルネスなのか」を決定する
ウェルネスは非常に広い概念です。そのため、まず明確にすべきなのは、自社のターゲット層がどの分野に関心があるか、どんな課題を抱えているかなど、「誰にとって、何がウェルネスなのか」という視点です。
世代・ライフスタイル・置かれている環境によって、求められるウェルネスは大きく異なります。重要なのは、興味・関心を“広く拾う”ことではなく、特定の課題や不安に、深く寄り添う設計です。
2.自社ブランドと“無理なくつながるウェルネスを定義する
次に必要なのは、「ウェルネス × 自社ブランド」の関係性を明確にすることです。
ここで注意すべきなのは、流行しているテーマを後付けで結びつけないこと。
自社がもともと持っている価値や強みが、どの生活シーン・どの感情と自然につながるのかを整理することで、ウェルネスは“語れるテーマ”に変化します。
3.継続的な関係を前提に設計する
ウェルネスは、一度の接触で完結するテーマではありません。日々の習慣や意識の変化と深く関わるため、単発のキャンペーンではなく、関係性の設計が不可欠です。SNSやコミュニティ施策は、そのための「手段」にすぎません。
重要なのは、生活者が「このブランドは、自分の生活を理解してくれている」と感じられる状態を、どう作るかです。
4.感情と行動をつなぐストーリーを用意する
ウェルネス施策が成果につながるかどうかは、“感情”が”行動”へと変わる設計ができているかにかかっています。
事実や機能の説明だけでは、人は動きません。生活者自身の課題や変化を投影できるストーリーがあってこそ、共感は行動へとつながります。
5.「体験」を通じて理解を深める
最後に重要なのが、ウェルネスを“理解させる”のではなく、“体感させる”ことです。
体験を伴う施策は、記憶に残りやすく、ブランドに対する信頼や好意を強く形成します。ウェルネスは説明するものではなく、体験を通じて納得してもらうテーマだと捉えることが重要です。
海外ブランドはどう実践しているか|ウェルネスを活かした成功事例
「健康的な食習慣の促進、マインドフルネスの実践、自然とのつながり」など、ウェルネスに関連するマーケティングキャンペーンを世界中の多くの企業が取り入れています。ここでは、ウェルネスを取り入れた秀逸なキャンペーンをご紹介していきます。
海外事例①:Calm:「30 Seconds of Silence」
睡眠・瞑想アプリを提供する Calm は、米国大統領選挙の結果が発表されるタイミングで、極めて異例のテレビCMを放映しました。
選挙結果が連日、緊張感とともに報道される中で放映されたのは、30秒間、音も映像もほぼ何も流れない「無音の広告」。
画面には次のメッセージだけが表示されました。
“We bought this ad space to give you 30 seconds of silence. Yep, just silence(この広告枠を買ったのは、あなたに30秒間の静寂を提供するためです。そう、ただの静寂です。)”
情報過多と不安がピークに達していた状況下で、「何も伝えない」こと自体が強い価値になる——
この逆転の発想が、多くの視聴者の感情を掴みました。さらに、CM放映と同時に、CalmはX公式アカウントで次の投稿を行います。
Take a deep breath. Drink some water. Go outside. Hug a pillow. (Or scream into it).
Just do whatever feels good to you right now. 🫶
— Calm (@calm) November 6, 2024
「深呼吸して。水を飲んで。外に出て。枕を抱きしめて。今、自分が心地いいと思うことを何でもしてください」
この投稿は瞬く間に拡散され、SNS上では、「今の自分に一番必要だった」「完璧なタイミング」「天才的なキャンペーン」といった感謝や共感の声が数多く寄せられました。
このキャンペーンの成功要因は、商品機能を一切語らず、生活者の“状態”にだけ寄り添った点にあります。
- 不安が高まる「その瞬間」を正確に捉えたこと
- 行動を促すのではなく、「立ち止まる余白」を提供したこと
- テレビCMとSNSを連動させ、感情体験を拡張したこと
Calmはこの施策によって、単なる「瞑想アプリ」ではなく“不安なときに寄り添ってくれる存在”としてのブランドイメージを強く印象づけました。👏
海外事例②:Asics:「The Desk Break」
日本発のスポーツブランド ASICS(アシックス)は、ブランド哲学である「Anima Sana in Corpore Sano(健全な精神は健全な身体に宿る)」を現代の働き方に置き換えたキャンペーン「The Desk Break」を展開しました。
背景にあったのは、長時間のデスクワークによる 身体的不調・集中力低下・メンタル疲労。多くのオフィスワーカーが「動くべきだと分かっていても動けない」状態にあることに着目しました。
キャンペーンでは、俳優の ブライアン・コックス氏 を起用し、「勤務時間中であっても、デスクから離れて短い運動休憩を取るべきだ」というシンプルかつ力強いメッセージを発信。“頑張るために動く”のではなく、「働き続けるために、あえて立ち止まる」という逆説的な提案が、多くの共感を呼びました。
ASICSはこのメッセージを、SNS上での参加型キャンペーンへと拡張します。
- 「#DeskBreak」「#jmarchitects」などのハッシュタグを使用
- 空っぽのデスクの写真を投稿する「デスクブレイクチャレンジ」を展開
- 投稿数に応じて、慈善団体へ寄付が行われる仕組みを設計
“運動する姿”ではなく、「席を立った証拠」だけを見せるという表現が、オフィスワーカーの日常と自然に重なりました。
このキャンペーンは、ASICSが実施した 26,000人以上の調査データをもとに設計され、強い説得力と社会性を兼ね備えた施策となりました。その結果、
- 1,000万回以上のオーガニックビュー
- 視聴者の 77%が完全視聴
- ブランドリフト指標においても記録的な向上
という高い成果を達成しています。
この事例が示すのは、ウェルネスを 「運動推奨」や「健康啓発」で終わらせなかった点です。
- 課題:動けないオフィスワーカーの現実
- 感情:疲労・罪悪感・自己否定
- 行動:席を立つという小さな一歩
この一本線を、ブランド哲学と現代の働き方に重ねて翻訳したことが成功の要因と言えます。
ASICSはこの施策を通じて、「スポーツブランド」ではなく“働く人の心身を支える存在”としての立ち位置を強く印象づけました。👏
海外事例③:McDonald’s:「The Meal」
英国マクドナルドが展開した「The Meal」キャンペーンは、メンタルヘルス啓発を目的とした、極めて異例の取り組みでした。
このキャンペーンでマクドナルドが行ったのは、自社の象徴とも言えるハッピーミールの箱から「スマイルマーク」を消すという大胆な選択です。“Always Happy”を体現してきたブランドが、あえて「笑顔を強制しない」姿勢を示したことで、英国社会に大きな衝撃を与えました。
キャンペーンでは、
- スマイルマークのないハッピーミールボックスを約250万個、1,400店舗以上で配布
- 悲しみや不安を抱える子どもを描いた感情に焦点を当てた動画広告を同時に展開
単なるデザイン変更ではなく、「感情について家族で話すきっかけをつくる」ことが明確な目的でした。
この取り組みが高く評価された理由は、メンタルヘルスを “前向きにするもの”として扱わなかった点にあります。
「悲しんでいてもいい」
「笑えない日があってもいい」
「子どもにも複雑な感情がある」
こうしたメッセージを、子ども向けブランドの代表格であるマクドナルドが発信したこと自体が、強い社会的メッセージとなりました。
「The Meal」は、ウェルネスを 癒しやポジティブ表現に限定しない という重要な示唆を与えます。
- 課題:感情を言語化できない子どもたち
- 感情:悲しみ・不安・戸惑い
- 行動:話す・共有する・受け止める
この流れを、商品ではなく“態度”で示したことが、このキャンペーンの本質です。
マクドナルドはこの施策を通じて、「楽しい食事を提供するブランド」から「感情に寄り添う存在」へと役割を拡張しました。👏
さいごに
「ウェルネス」は、もはや一時的なトレンドではありません。人々の価値観や意思決定の根底に根づき、どのブランドを選ぶか、どの体験に共感するかを左右する重要な視点となっています。
マーケターに求められているのは、ウェルネスを“流行のキーワード”として扱うことではなく、生活者のどんな瞬間に寄り添い、どんな状態を肯定するブランドなのかを明確にすることです。
ウェルネスを軸にしたマーケティングとは、製品やサービスを売ることではなく、人々の心身や生活に寄り添い、長期的な信頼関係を築く姿勢そのものだと言えるでしょう。
グローバル市場において「選ばれ続けるブランド」であるために。ウェルネスという視点は、今後もマーケティング戦略を考えるうえで欠かせない軸の一つになっていくはずです。
2025年2月公開
2025年12月更新

吉田 真帆 マーケティング部 プランナー
iCJの自社マーケティングを担当。オーストラリアの永住権を取得したにも関わらず、思いもよらず日本に帰国。オーストラリア→カンボジア→日本→シンガポール→2025年末から日本帰国。

