なぜ人は感情で動くのか?|
7つの感情プロセスから学ぶデジタルマーケティング設計

情報が溢れるデジタル環境では、「目に入る」だけでは成果につながりにくくなっています。クリックや購入、そして継続利用までを左右するのは、最終的に人の感情です。
実際、感情は意思決定や記憶に深く関与し、行動の“引き金”になります。
本記事では、感情マーケティング(エモーショナルマーケティング)をデジタル施策に落とし込み、「どの感情を、どこで、どう設計すればいいのか」を5ステップで整理します。
「広告やSNSの反応が伸びない」「差別化が難しい」「ブランドロイヤリティを高めたい」という方は、まず全体像をつかむところから始めてください。
デジタルマーケティングにおける「感情」の重要性

デジタルマーケティングにおいて、感情は意思決定の「補足要素」ではなく、行動を動かす中心的な要因です。
人は合理的に比較して選んでいるように見えても、実際には「安心できる」「期待できる」「共感できる」と感じた瞬間に、クリックや登録、購入といった行動を起こします。
さらに重要なのは、感情が記憶と強く結びついている点です。情報が溢れる環境では、ユーザーは内容そのものをすべて覚えていません。しかし、感情を伴った体験は印象として残り、後の比較検討時に「思い出されるブランド」になります。
つまり、成果を生むデジタル施策とは、情報を多く伝えることではなく、感情を動かし、行動と記憶の両方に残る体験を設計できているかどうかにかかっています。
マーケターにとって重要なのは「どんな感情が、どんな行動を引き起こすのか」を構造として理解することです。感情を曖昧に扱うのではなく、設計可能な要素として分解できるかどうかが、施策の再現性を大きく左右します。
そこで次に、実務で使いやすい感情理解のフレームとして、人の行動を直接駆動する「7つの感情プロセス」を見ていきましょう。
人が “動く” 7つの感情プロセス
感情研究にはさまざまな理論がありますが、実務で特に使いやすいのが、「人の行動を直接駆動する感情プロセス」に着目した考え方です。この視点では、感情は単なる気分ではなく、「行動を起こさせるエンジン」として捉えられます。

TED Talkにも登壇されている、情動神経科学者ヤーク・パンツェップは、「人間の脳には行動を生み出す7つの基本的な感情プロセスが存在する」と提唱しました。
これらは「感情体験 → 行動 → 身体反応」へと連動し、私たちの日常的な意思決定を無意識レベルで動かしています。
ここからは、この7つの感情プロセスをマーケティング視点で解釈し、「どの感情が、どんな行動につながるのか」を整理していきます。
1.SEEKING:探求、熱意、関心
「新しい発見、試したくなる、続きが気になる」
脳の報酬系神経物質ドーパミンによって活性化されます。目標や機械を追求するエネルギー。
2.FEAR:恐怖、不安
「損失回避、失敗したくない、リスクを避けたい」
危険や脅威にによって活性化される感情です。脳の生存システムに関連し、有害なものを避けるために駆動されます。不安や恐怖の感情を経験すると、危険を認識し、心拍数の増加や発汗などの身体的変化が体に現れる場合もあります。
3.RAGE:怒り
「不便・不公平への反発、現状への不満」
脅威や不正を認識されるとこの領域が刺激され、脳の防御システムによって、自分自身と資源を守るための反応が誘発されます。
4.LOST:欲望、愛着
「欲しい、憧れ、所有したい」
性的欲求や魅力に関連した感情で、脳の覚醒システムによって駆動されます。欲望の感情を経験すると、肉体的・性的快楽に対する行動を促進します。人間の正常な行動の一つです。
5.CARE:育成、守りたい
「大切な人、社会、未来への配慮」
脳の愛着システムによって駆動され、社会的つながりを構築、維持するために役立ちます。子育てや他社への愛着行動を促し、共同体意識を築くために役立つ重要な要素です。
6.PANIC:悲しみ
「置いていかれたくない、取り残される不安」
脳の分離不安システムに関連し、心理的孤独や分離をきっかけに駆動されます。別れや資源の喪失に対処するための反応です。
7.PLAY:喜び
「参加したい、共有したい、体験したい」
脳の社会関与システム領域によって駆動され、喜び、遊び心、社会的交流と関連する感情です。この感情を経験すると、幸せでオープンマインドになり、他社との交流や社会的スキルの学習などの行動を促します。
これらの感情を引き起こす神経回路や神経物質は、ほ乳類はほぼ同じ脳内領域に組み込まれており、感情的な行動を生み出す役割を担っていると述べています。
感情設計がもたらす3つの成果(CV・想起・ロイヤリティ)
デジタルマーケティングにおいて、感情を取り入れることは単なる流行ではなく、消費者との深い関係を築き、ブランド価値を高めるための重要な要素です。情報が氾濫する現代では、単に目を引くだけではなく、心に響く体験を提供することが求められます。
感情を活用することがデジタルマーケティングにどのような具体的なメリットをもたらすのかを詳しく見ていきましょう。
・クリック・CVにつながる
期待(SEEKING)や安心(FEARの解消)が適切に設計されると、ユーザーは「もう少し知りたい」「失敗しなさそうだ」と感じ、次の行動に進みやすくなります。
価格や機能の訴求だけでは迷いが残る場面でも、感情の後押しがあることで、意思決定のスピードが大きく変わります。
・記憶に残り、指名検索・再訪が増える
先述したように、感情は記憶と強力に結びつきます。感情を呼び起こすコンテンツは、消費者に強い印象を与え記憶に留まりやすくなります。
「読んだ」「見た」だけでなく、「共感した」「安心した」という感覚が残ることで、比較検討の場面で思い出されやすくなり、指名検索や再訪といった行動につながります。
・ロイヤリティが高まり、紹介・継続につながる
共感(CARE)や楽しさ(PLAY)が積み重なると、ブランドは「選択肢の一つ」ではなく、「信頼できる存在」へと変化します。
その結果、継続利用やアップセルだけでなく、他者への紹介や好意的な発信といった行動が自然に生まれやすくなります。
デジタルで再現する「感情設計」5ステップ

デジタルマーケティングにおいて、「感情」を効果的に取り入れ、ターゲットユーザーと強固な信頼関係を構築するために有効なアプローチをご紹介します。
ステップ1:狙う感情をひとつに絞る
ターゲットとなるユーザーにどのような感情を喚起したいかを明確にすることが重要です。
新製品に対する期待感を高めたいのか、成功体験に感動してもらいたいのか、または選択への安心感を与えたいのか、ユーザーに持ってもらいたい感情を具体的に設定しましょう。このプロセスにより、ユーザーの感情に深く訴えかけるコンテンツを作成することができ、ブランドのメッセージがより強く響くでしょう。
ステップ2:「直前の不安・期待」を言語化する
感情は、ユーザーの行動直前に最も強く動きます。そのため、「なぜ今迷っているのか」「何を期待しているのか」を具体的に言葉にすることが欠かせません。
失敗したくない、選び方が分からないといった不安や、成果が出そう、自分にもできそうといった期待を明確にすることで、表現すべきメッセージが自然と定まります。
表面的な内容にとどまらず、ターゲットとなるユーザーの核となる「価値観」や「願望」にまで踏み込んだストーリーを作ることで、課題や成功といった共通の体験を描くことで、ブランドと消費者の間に深い感情的な結びつきを構築します。
ステップ3:感情を支える「証拠」を用意する
感情は、根拠があって初めて行動に変わります。期待や安心を生むには、「具体的な数字」や「実績」、「第三者の評価」といった“信じる理由”が必要です。
実績データや導入事例、比較情報、レビューなどを組み合わせることで、感情は一時的な印象ではなく、納得感を伴った判断材料へと昇華します。
たとえば、顧客のレビューや推薦文、リアルな顧客のSNS投稿などのコンテンツは、他の潜在顧客にとっても強い共感を生み、ブランドへの好意的な感情を育むきっかけとなります。
ステップ4:チャネル別に表現を最適化する
同じ感情設計でも、チャネルによって伝え方は変える必要があります。
広告では一瞬で期待や安心を伝え、LPでは根拠を積み重ねて納得へ導く。SNSでは共感や参加意識を促し、メールでは再検討時の不安を解消する。この役割分担を意識することで、感情設計は点ではなく線として機能します。
感情に基づくコンテンツは、ソーシャルメディアでの共有や拡散において強い影響力を持つことが分かっています。
特に、ストーリーテリングや視覚的に魅力的なコンテンツは、オーディエンスとの感情的なつながりを育む上で効果的です。普遍的な感情を軸にした共感を呼び起こすキャンペーンを展開し、顧客と感情的な繋がりを構築することで、競争で優位に立つことが可能です。実際に、ニールセンが実施した調査では、より感情的反応を促した広告は、売り上げが最大で23%も増加する可能性があることがわかりました。

ステップ5:計測指標を“感情の指標”に寄せる
感情設計の成果は、CVだけでは測れません。滞在時間やスクロール率、保存数、再訪率、指名検索の増加など、感情が動いた結果として現れる指標に目を向けることが重要です。これらを追うことで、ユーザーとの関係性が深まっているかを可視化でき、施策改善の精度も高まります。
近年では、こうしたテキストデータをAIで分析し、ポジティブ・ネガティブだけでなく「安心している」「迷っている」「期待している」といった感情傾向を把握することも可能になっています。
さいごに
「感情」を活用したデジタルマーケティングは、単に注目を集めるだけではなく、消費者との本物のつながりを生み出します。人々が感情を基盤に行動し、記憶を形成するという科学的事実に基づき、感情的なトリガーを適切に活用することが成功の鍵となります。
感情を取り入れたマーケティング戦略は、ブランドが顧客の心に響くメッセージを届け、競争の激しい市場で差別化を図るための有力な手段です。ブランドの価値観を尊重し、本物のコミュニケーションを大切にしながら、感情の力を活用して永続的な顧客関係を築くことを目指しましょう。
参考文献①:https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5573739/#B39
参考文献②:https://www.nature.com/articles/nrn3403
2025年1月公開
2025年12月更新

吉田 真帆 マーケティング部 プランナー
iCJの自社マーケティングを担当。オーストラリアの永住権を取得したにも関わらず、思いもよらず日本に帰国。オーストラリア→カンボジア→日本→シンガポール→2025年末から日本帰国。

